JLAについて

沿革

1944年 日本赤十字社で水上安全法の指導が始まる
1963年 西浜SLSCの前身となる「湘南ライフガードクラブ」が設立され、神奈川県藤沢市の「片瀬西浜警備本部」を拠点に活動を開始。初代警備長は金子邦親氏。この活動は「湘南指導員協会」、「日本ライフガード協会(JLGA)」と名前を変えながら1980年代まで続く
1978年 オーストラリアでライフセービング資格を取得した遠藤義晴氏らが中心となり、下田LSCの前身となる「日本サーフライフセービング協会(SLSAJ)」が設立され、静岡県下田市の吉佐美海水浴場で活動を開始。SLSAJが国際組織「ワールドライフセービング(WLS)」に加盟
1983年 豪日交流基金の支援による交流プログラムがスタート
1985年 SLSAJに続きJLGAがWLSへの参加を認められる。これを機に、両団体の統一を前提とした「日本ライフセービング評議会(JLSC)」が組織される
1986年 カナダで開催された「レスキュー’86」に日本チームとして初めて、JLGAとSLSAJの合同チームが参加
静岡県下田市の白浜大浜海水浴場で「サーフカーニバル」開催
1990年 日本初の国際ライフセービング競技会「環太平洋ライフセービング選手権大会」が神奈川県で開催される
ドイツで開催された「レスキュー ’90」の2kmビーチランで、深山元良選手が日本人初の金メダルを獲得
1991年 4月 「日本ライフセービング協会(JLSA)」設立(1日)(初代理事長・金子邦親、専務理事・築山由雄)
1992年 6月 静岡県下田市で世界大会「レスキュー ’92」開催
12月 第1回ライフセーバーアワード発表
●登録クラブ数22
1993年 5月 「ライフセービング競技規則」刊行
10月 競技会の発展を目指し「競技委員会」発足
12月 ライフセーバーアワード発表
●登録クラブ数23
1994年 2月 公認審判員規定を制定
3月 新役員決定(理事長・金子邦親、専務理事・中見隆男)
4月 国際ライフセービング組織のWLSとFISが統合し、国際ライフセービング連盟(ILS)が設立された
6月 大学、専門学校間の交流と連絡融和を図るため「学生委員会」発足
9月 イギリスで「レスキュー ’94」開催 日本代表は男女ビーチフラッグスで優勝12月 ライフセービング紹介用ビデオ「サーフライフセービング」完成 12月 ライフセーバーアワード発表
1995年 1月 阪神・淡路大震災発生
神戸LSCなどが被災地でボランティア活動を行う
12月 ライフセーバーアワード発表
1996年 1月 日本ライフセービング協会の名称表記を「JLSA」から「JLA」に変更
ロゴマーク刷新
12月 ライフセーバーアワード発表
1997年 4月 ライフセービング資格に賠償責任保険を付帯
7月 協会公認クラブにパトロールユニホームの提供を開始
9月 神奈川県支部を設立
12月 ライフセーバーアワード発表
1998年 12月 ライフセーバーアワード発表
1999年 5月 法人化に向けて組織改革を実施
7月 東京都北区の中学生を対象とした千葉県・岩井海岸での臨海学校で、ライフセービングプログラムの指導がスタート
12月 ライフセーバーアワード発表
2000年 3月 オーストラリアで「レスキュー 2000」開催
日本代表は女子ビーチフラッグスで優勝
12月 ライフセーバーアワード発表
●登録クラブ数66
2001年 4月 新役員決定(理事長・小峯 力)
8月 秋田県で「ワールドゲームズ2001」開催
10月 内閣府認承特定非営利活動法人となる
12月 ライフセーバーアワード発表
2002年 4月 法人化に伴い新会員制度スタート
4月 公式ホームページ開設
6月 アメリカ心臓学会(AHA)の「ガイドライン2000」に基づき心肺蘇生法(CPR)を改定
9月 9.11同時多発テロの影響を受け、アメリカで開催予定の「レスキュー 2002」の参加を辞退
12月 ライフセーバーアワード発表
2003年 4月 新デザインのロゴマークを採用
4月 「JLAプロジェクト」宣言。ヒューマンチェーンの充実として、救命・スポーツ・教育・福祉・環境それぞれを取り入れた活動の展開を表明
12月 ライフセーバーアワード発表
2004年 4月 「ライフセービング競技規則2004年版」発刊
4月 資格認定証のデザインを刷新
8月 第1回ジュニア競技会開催
9月 イタリアで「レスキュー 2004」開催
12月 ライフセーバーアワード発表
●加盟クラブ数90
2005年 4月 会員制度と資格制度を一部見直し
4月 会員賠償責任付帯制度スタート
11月 香港で「アジアライフセービング室内選手権大会」開催 日本代表が団体総合優勝
11月 第1回学生リーダーズキャンプ開催
12月 ライフセーバーアワード発表
2006年 2月 オーストラリアで「レスキュー 2006」開催
4月 小誌『LifeSaving』第1号発刊
6月 ライフセービングのさらなる社会的認知に向けて「JLAミッション」宣言
9月 第1回三洋カップ開催
12月 ライフセーバーアワード発表
2007年 3月 オーストラリア・サーフライフセービング協会(SLSA)と「日豪パートナーシップ」締結・調印
4月 「ジュニア教育実態調査報告書」発刊
4月 「心肺蘇生法教本」発刊
5月 ウオータースポーツプロジェクト調印
6月 第1回高校生プロジェクト開催
8月 シンガポールで「ILSアジア太平洋地区総会」開催
9月 ポルトガルでILS主催「ワールドウォーターセーフティー 2007」開催
10月 神奈川県支部設立10周年
12月 ライフセーバーアワード発表
●加盟クラブ数124
2008年 3月 沖縄県支部、九州支部を設立
4月 「サーフライフセービング教本」発刊
4月 「ライフセービング競技規則2008年版」発刊
5月 「ジュニア教育指導指針」発刊
5月 「ライフセービング競技審判マニュアル2008年版」発刊
7月 ドイツで「レスキュー 2008」開催。女子ビーチフラッグスで優勝
12月 ライフセーバーアワード発表
2009年 1月 ドイツで開催の「ILS委員会会議」に日本から4人が出席
2月 北海道支部、中部支部を設立
12月 ライフセーバーアワード発表
●資格取得者数累計28,130人
●支部数5
2010年 2月 第1回学生プール競技選手権大会開催
3月 共同組織「ウォーターセーフティー ニッポン」調印
9月 エジプトで「レスキュー 2010」開催。女子ビーチフラッグスで優勝
12月 ライフセーバーアワード発表
●加盟クラブ数129
2011年 3月 東日本大震災発生(11日)
久慈LSC、釜 石LSC、大 船 渡LSC、高 田LSC、盛岡LSCなどが被災。盛岡LSCを中心に被災地の情報収集にあたる。多くのライフセーバーが被災地でボランティア活動を行う
4月 JLA設立20周年を迎える
4月JLA ACADEMY設立カリキュラムスタート
10月 初のライフメンバー(特別会員)4氏を表彰
2012年 4月 心肺蘇生教育の必要性を文部科学大臣へ共同提言
6月 海辺のWater Safetyキャンペーンスタート
10月 レスキューミーティング実施
10月 ILSリップカレントシンポジウム派遣
11月 Rescue2012世界選手権日本代表派遣
11月 ILS総会・理事会・アジア太平洋地区総会派遣
2013年 7月 サーフトレーニングクリニックスタート
7月 第9回ワールドゲームズ日本代表派遣
9月 インターナショナルサーフレスキューチャレンジ2013開催(千葉県御宿)
2014年 2月 第1回全日本ジュニア/ユースプール競技会開催
5月 社員総会にて入谷拓哉理事長選任
5月 「ライフセービング競技規則2014年版」発刊
9月 Rescue2014世界選手権 日本代表派遣

オーストラリアから寄贈され、日本に初上陸したレスキューチューブ。豪日交流基金のサポートがあり日本に初めて紹介されたレスキューボートがこれ。SLSAJのメンバーと共に

1983年、神奈川県藤沢市の片瀬西浜海岸に置かれた水難救助員本部を訪れた、WLS会長のガス・スタイントン氏(左)とワーレン・レイニー氏(その右隣)

1986年、豪日交流基金の支援による研修を終え、SLSA本部にてインストラクターおよびイグザミナー資格認定証を授与される。
右より小峯 力 理事長、豊田勝義氏、相澤重男氏、足立正俊氏

(左)静岡県下田市で開催された「レスキュー’92」で大会実行委員長を務めた築山由雄氏。日本初の公式国際試合とあって、手探りでの大会準備となったが、築山氏や多くのスタッフのおかげで成功裏に終わった
(右)「レスキュー ’92」は世界12カ国・地域の参加で開催された。オーストラリア、アメリカ、イタリア、フランスなど、当時の強豪は現在も世界トップレベルを維持している

日本サーフライフセービング協会(SLSAJ)

下田を拠点に活動していた「日本サーフライフセービング協会(SLSAJ)」のロゴマーク

日本ライフガード協会(JLGA)

湘南を拠点に活動していた「日本ライフガード協会(JLGA)」のロゴマーク

日本ライフセービング協会設立当時のロゴマーク

1991年、日本ライフセービング協会設立当時のロゴマーク

1995年に変更された新しいロゴマーク

1995年に変更された新しいロゴマーク。なじみのある人も多いのでは

2003年4月に変更した最新のロゴマーク

2003年4月に変更した最新のロゴマーク。前のロゴを生かしつつ、世界とつながる日本を表現した

レスキュー 2004

第1回三洋カップ

有志による水辺のパトロールから始まった日本のライフセービング活動。現在では登録クラブ数134、資格発行数は累計で3万に達した。1本のレスキューボードから始まったJLAの歩みは、一歩一歩前進している

2007年、JLAとオーストラリアのSLSAは新たなパートナーシップを締結した。日本は常にオーストラリアをお手本として活動を拡大してきた

ウォーターセーフティーニッポン調印

全日本選手権(2011年)